こんにちはNINOです。

 

今日のお昼に非常に残念なニュースが入ってきました。。。


それが『日野原重明さんの死去』という訃報です。

 

実は彼のことは昔から存じ上げていて、年齢も高齢で現役医師として70年近く活躍され、『情熱大陸』という番組で拝見した時も、『アグレッシブな人だな~』感じていました。

 

でも、日野原重明の経歴などについては詳しく知らなかったので、興味がある方もいると思い、今回調査をしてみましたでシェアしたいと思います。

 

では早速お伝えしますね!

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日野原重明の経歴や息子の存在は?

 

日野原重明の経歴は?

日野原重明の経歴は以下になります。

  • 【本名】日野原重明
  • 【生年月日】1911年10月4日
  • 【出身校】京都帝国大学
  • 【受賞歴】勲二等瑞宝章、文化勲章
  • 【職業】医師・医学博士
  • 【出身地】山口県山口市

など、その他にもハーバード大学等で教授を歴任するなど、日本の医師を常にリードする存在としてトップランナーとして時代を駆け抜けてきた存在なんですね。

 

驚いたのが、日本で初めて人間ドッグを開設し、『生活習慣病』と呼ばれる名称を世間に広めたのも日野原重明さんだったんですね!

105歳まで生きて活動してこられると、様々な功績がありますね(驚)

 

個人的には、彼の長寿の秘訣が、

  • 朝食はジュースにオリーブオイルをかけ飲む
  • 昼食は牛乳、胚芽クッキー、リンゴ
  • 夕食は週2回は肉、他は魚が多め

という日々の体調の状態をみて食事管理をしていたそうです。

 

個人的には、小食推進派なので、日野原重明さんが長生きしていた理由も一理あるなと思いました。

 

もともと人間は一日1食でも十分に生きていけるとされていますし、空腹になると思考が研ぎ澄まされ集中力もアップするので、前向きな気持ちになるとされているからなんですね!

 

日野原重明の息子の存在は?

日野原重明の息子さんは3人いて、中でも日野原知明さんは、慶応義塾大学医学部を卒業し、アメリカのセコイア病院で活躍後、心臓カルーテルの機材開発者のパイオニアとして、その業界では大変著名な方のようです!

 

親が親ならその子もスゴイ経歴ですね(驚)

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実はよど号事件の被害者だった?

実は日野原重明さんは昭和45年に過激派集団『赤軍派』に日航機『よど号』に偶然乗客者として被害に遭われています。

 

しかし、当時のよど号ハイジャック犯のメンバーが日野原重明さんが亡くなられた当日に記者にこうコメントしています。

当時の乗客に『恩人』と呼ぶこと自体不思議な感じがしますが、犯人たちは当時の機内で他の乗客にはない空気感や態度を感じとられ、記憶に鮮明に残っていたのだと個人的に感じました。

 

会話ネタ大学の学生会話ネタ大学の学生

やはり、時代に名を残す人は違いますね!

 

その後なんと、赤軍派の元メンバーは日野原重明さんの100歳の誕生日に当時に関する手紙と祝意を送っているそうです。

NINO教授NINO教授

なんとも律儀な人達なんだ・・・

 

まとめ

それでは、今回は『日野原重明さんの経歴や息子』についてシェアしました。

 

105歳という年齢を重ねるまで存命をされて、多くの人の命や可能性を導いてきた功績は計りしれません。

 

今回の訃報でまた一人、日本人の貴重な人材を失った事を心からご冥福をお祈りします。

 

会話ネタ大学の学生会話ネタ大学の学生

安らかにお休みください。

NINO教授NINO教授

ご冥福をお祈りします。

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